大阪大学図書館報 第55巻第1号(通巻198号), 2022.3

オープンサイエンスの動向および大学図書館に求められる役割

大阪大学 附属図書館

研究開発室 甲斐尚人

1.はじめに

2021年9月に附属図書館研究開発室の助教として着任しました。どうぞよろしくお願いいたします。研究開発室は、附属図書館が行う教育研究支援活動に関する課題について研究開発を行い、高度な図書館サービスの実現を目指して活動しております。現在、室長(附属図書館長)、専任教員1名、兼任教員3名で構成されており、専任教員である筆者は「研究データマネジメントスキームの構築、オープンアクセスを含めたオープンサイエンス推進」を研究開発課題として取り組んでおります。

本稿では、オープンサイエンスの世界的な潮流や国内の動向、今後大学図書館に求められる役割について海外の取組みを例示しつつご紹介させていただきます。

2.オープンサイエンスの世界的な潮流と国内の動向1)

オープンサイエンス*は、適切な研究データ管理による公正な研究活動の推進だけでなく、研究データの公開・二次利用を通じた効率的な研究や学際研究を促す研究推進の観点からも重要な新しいサイエンスの進め方です。

2003年頃の米国国立衛生研究所(NIH)による研究データの公開やデータマネジメントプラン(以下、DMP**)の提出義務化の動きを皮切りに、アメリカ国立科学財団(NSF)や欧州、オーストラリアなどの多くの資金配分機関が次々とこのような取組みを展開しています。こうした資金配分機関の動きは、データ公開による研究成果の価値向上やデータの再利用による投資効果の最大化、また公的資金による研究成果の市民への還元といった観点から、オープンサイエンスの取組みを大きくリードしてきました。2013年にはG8科学⼤⾂会合において、「研究データのオープン化を確約する共同声明」2)が出され、その後も、研究データの流通や活用を推進する国際イニシアティブであるFORCE11によって、2014年にはデータ引用原則の共同宣言(Joint Declaration of Data Citation Principles)3)が、2016年にはFAIR原則(The FAIR Data Principles)4)が公開されるなど、オープンサイエンスに関する国際的な動きが活発化しています。

日本においてもG8科学⼤⾂会合における「研究データのオープン化を確約する共同声明」2)を機に、オープンサイエンスに関する様々な政策展開が行われています。その検討結果は2015年の内閣府の「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書5)においてまとめられています。これらの動きを踏まえて、第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021年3月)6)では、機関リポジトリを有する全ての⼤学・⼤学共同利⽤機関法⼈・国⽴研究開発法⼈が2025年までにデータポリシー***を策定することや、資金配分機関に対して公募型の研究資金の新規公募分において、2023年度までにDMP及びこれと連動したメタデータを付与する仕組みを導⼊することなど、今後のオープンサイエンスに関する具体的な方針が多く示されました。

まずデータポリシーについては、2018年6月に内閣府から「国立研究開発法人におけるデータポリシー策定のためのガイドライン」7)が出され、既に2020年度末までに国立研究開発法人の24法人でデータポリシーが策定されています。2021年7月には大学ICT推進協議会(AXIES)から「大学における研究データポリシー策定のためのガイドライン」8)とその付録である「大学における研究データ管理体制構築への道のり」9)が発行されています。「大学における研究データ管理体制構築への道のり」9)では、先行大学における附属図書館の積極的な関与が伺える貴重な事例が展開されています。本学においても、2021年11月に研究推進本部内にオープンサイエンス推進室を設置し、附属図書館からは事務部長や筆者を含む研究開発室員2名が参加するなど、附属図書館も積極的に関与し議論を本格化させています。次にDMPについては、既に日本医療研究開発機構(AMED)や科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などが研究プロジェクトの申請時に提出を求めています。このDMPの作成は、資金配分機関の要件の充足と助成金獲得による競争力向上など、研究者にとって必要不可欠な研究活動の一つとして捉えられ始めています。研究データの公開計画についても記載するDMPに対して、機関リポジトリを構築し運用してきた大学図書館の貢献は大いに期待されており、その経験を活かした研究データの収載やそれらデータの公開・利活用の支援が求められています。これらは「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書5)や2016年2月の科学技術・学術審議会の「学術情報のオープン化の推進について(審議まとめ)」10)においても言及されています。

3.今後、大学図書館に求められる役割

オープンサイエンスの広がりによって、研究データを含む研究成果へのアクセスや利活用が容易になることが期待されていますが、仕組みが整うだけでは十分ではありません。上述したような大学図書館などを中心とした支援によって、オープン化される貴重な研究データが、メタデータ付与を含む適切な管理、つまりキュレーションによって価値が高められ、大量のデータの中から容易に抽出可能な状態である必要があります。このような研究データの管理・公開を支援する専門人材は、「サブジェクトライブラリアン」や「データキュレーター」などと呼ばれ、上記の他、支援内容として先述したDMPの作成支援、データ管理のためのトレーニングなど多岐にわたります。大学図書館は機関リポジトリを運用してきた経験を活かして、このような研究データの管理、特に公開や利活用への積極的な関与が期待されており、図書館職員は研究データ管理のサイクルに今まで以上に関与し、研究成果の価値を飛躍的に向上させる一翼を担う可能性を秘めています。

海外では既にこのようなサブジェクトライブラリアンやデータキュレーターなどが専門職として活躍しています。積極的に研究データサービスを提供しているイリノイ大学では、既に図書館リサーチデータサービス部門が存在し、公開すべきデータなどについての研究者への助言、DMPのテンプレートやツールの提供、データ公開プラットフォームの運営などを行っています。11)さらにイリノイ大学はデータキュレーションネットワーク(DCN)****に参画し、Illinois Data Bank12)に登録された専門性の高いデータはDCNを通じて、加盟機関によるキュレーションが行われています。このデータキュレーションは「CURATED チェックリスト」に基づき行われています。CURATEDは「Check:データファイルの確認、Understand:データの理解、Request:欠落した情報の要求または変更、Augment:検索を考慮したメタデータによる補足、Transform:再利用および長期保存のためファイル形式変換、Evaluate:FAIR原則をもとに評価、Document:すべてのキュレーション行為の文書化」の略で、このチェックリストはキュレーションに関する知識の蓄積やキュレーターの育成などを目的に作成されました。

一方、日本では特に国立情報学研究所(以下、NII)が重要な役割を果たしており、研究データの管理基盤であるGakuNinRDMをはじめとするNII研究データ基盤(NII Research Data Cloud)の開発を通して、日本のオープンサイエンス推進を力強く先導しています。NII研究データ基盤に加え、オープンサイエンス研究データ基盤作業部会トレーニングサブワーキンググループによる「研究データ管理支援人材に求められる標準スキル(ver.0.1)」13)の策定(2021年9月)やオープンサイエンス基盤研究センター(RCOS)によるDCNのようなキュレーション機能の実現に向けた動きなど、研究データ支援人材に関する動きも活発化させています。

これらの研究支援はNIIや大学図書館だけが担うものではなく、様々な組織や教職員によって実現されるものであり、分野・職種の壁を越えた横断的な連携が必要です。また、日本には研究支援に関する専門知識をもつリサーチ・アドミニストレーター(URA)が浸透しており、研究データ公開の支援にあたっては、URAと図書館職員の協業はこれまで以上に重要になると考えています。

4.おわりに

以上のとおり、オープンサイエンスの動向と大学図書館に求められる役割について、簡単に紹介させていただきました。今後、研究データの管理、公開、利活用を推進するためのさらなる資料のデジタル化や研究データ管理支援人材の育成、円滑な研究データ利活用のためのメタデータ付与支援など、大学図書館が果たすべき役割は極めて大きいと言えます。筆者も附属図書館の一員として、知を循環させるためにより能動的に取組んでまいります。

注釈

*「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書5)において、「公的研究資金を用いた研究成果(論文、生成された研究データ等)について、科学界はもとより産業界及び社会一般から広く容易なアクセス・利用を可能にし、知の創出に新たな道を開くとともに、効果的に科学技術研究を推進することで、イノベーションの創出につなげることを目指した新しいサイエンスの進め方」と定義されています。

**研究者による研究データの適切な管理を主な目的として、原則として研究開始前に作成するものであり、心理学や医学分野において議論されてきた再現性の危機問題でも注目された適切な研究評価にもつながる重要なものになりつつあります。

***研究データの管理から公開・利活用までの研究者による研究活動のガバナンスのあり方について定めた基本方針になります。

****アメリカの15の大学図書館と機関によって運営され、研究データのキュレーションに従事する専門人材の共有による高度なキュレーションサービスを実現しています。

参考

  1. “オープンサイエンス政策動向”. 国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター. https://rcos.nii.ac.jp/document/policy/, (参照 2022-03-07).
  2. "G8 science ministers statement: London UK, 12 June 2013(研究データのオープン化を確約する共同声明)". GOV.UK. https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/206801/G8_Science_Meeting_Statement_12_June_2013.pdf, (accessed 2022-03-07).
  3. "Joint Declaration of Data Citation Principles(データ引用原則の共同宣言)". FORCE11. https://doi.org/10.25490/a97f-egyk, (accessed 2022-03-07).
  4. "The FAIR Data Principles(FAIR原則)". FORCE11. https://force11.org/info/the-fair-data-principles/, (accessed 2022-03-07).
  5. 国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会. “我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について ~サイエンスの新たな飛躍の時代の幕開け~(「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書)”. 内閣府. https://www8.cao.go.jp/cstp/sonota/openscience/150330_openscience_1.pdf, (参照 2022-03-07).
  6. “第6期科学技術・イノベーション基本計画”. 内閣府. https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/6honbun.pdf, (参照 2022-03-07).
  7. 国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会. “国立研究開発法人における研究データポリシー策定のためのガイドライン”. 内閣府. https://www8.cao.go.jp/cstp/stsonota/datapolicy/datapolicy.pdf, (参照 2022-03-07).
  8. 大学ICT推進協議会. “大学における研究データポリシー策定のためのガイドライン”. 大学ICT推進協議会. https://rdm.axies.jp/_media/sites/14/2021/07/urdp-guideline.pdf, (参照 2022-03-07).
  9. 大学ICT推進協議会 研究データマネジメント部会 「大学における研究データポリシー策定のためのガイドライン」ワーキンググループ. “大学における研究データ管理体制構築への道のり”. 大学ICT推進協議会. https://rdm.axies.jp/_media/sites/14/2021/07/urdp-guideline-appx.pdf, (参照 2022-03-07).
  10. 科学技術・学術審議会 学術分科会 学術情報委員会. “学術情報のオープン化の推進について(審議まとめ)”. 文部科学省. https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2016/04/08/1368804_1_1_1.pdf, (参照 2022-03-07).
  11. Imker, Heidiほか. “シンポジウム・ワークショップ「大学における研究データサービス」”. 九州大学附属図書館. http://hdl.handle.net/2324/2547228, (参照 2022-03-07).
  12. Illinois Data Bank. https://databank.illinois.edu/, (accessed 2022-03-07).
  13. 国立情報学研究所 学術情報ネットワーク運営・連携本部 オープンサイエンス研究データ基盤作業部会 トレーニング・サブ・ワーキング・グループ. “研究データ管理支援人材に求められる標準スキル(ver.0.1)”. 国立情報学研究所 機関リポジトリ. https://doi.org/10.20736/0002000219, (参照 2022-03-07).

著者紹介

著者紹介

2021年3月九州大学大学院統合新領域学府ライブラリーサイエンス専攻博士後期課程修了。博士(ライブラリーサイエンス)。2021年9月から現職.2012年3月に京都大学大学院エネルギー科学研究科修士課程を修了後、九州旅客鉄道株式会社に入社。主に運輸部門にて品質管理や予決算管理・計画業務、人事や財務部門にて新入社員研修、新製車両調達業務などを経験。業務を通じて関心を持った技術継承について研究を続け、学位を取得。現在はオープンサイエンス推進業務に携わりながら、技術継承における暗黙知伝達と研究データ価値向上のための適切なメタデータ付与の共通点について、研究を行っている。記録管理学会、情報知識学会各会員。

(編集:坂田)